少ないながらも、何度か人の死に立ち会ったことがある。病人が息を引き取る前の室内に、ガスのような独特な匂いが漂っていたのを思い出す。昔飼っていた犬が死んだとき、弱って床に横たわる犬のそばにいると、同じガスのような匂いが漂っていた。最初に犬が臥せったときは、もう死んでしまうなどとは思いもしなかった。その日の夜中に犬は死んだ。あとから考えてみればあの匂いが鼻を突いたときに、もう命が短いということを自分自身解っていたように思う。あれがおそらく死臭というものなのかもしれない。死臭は停止した肉体だけが出すものではないようだ。
顔貌や声が記憶からたやすく失われてしまうのに対して、匂いや触覚は人間の感覚の中を想像以上に長く生き延びる。死臭のような凶兆とも言える感覚があるのなら、それとは反対に、吉兆と呼べる匂い、触覚、そんなものもあるのかもしれないとも思う。
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